👾 H.G.ウェルズについて
2022/07/31
なぜだかウェルズには惹かれるものを感じます。 子供の頃は夢いっぱいのヴェルヌのSFの方に惹かれていましたが、最近はどうもヴェルヌは食傷気味です。 矢川澄子はヴェルヌの作品では「海底二万里」のネモ艦長が一番好きだと言ってますが、再読してみてどうかなと思いました。 ヴェルヌの作品としては「地底旅行」のほうが好きです。 地底へ降りていくまでの、あの何ともいえない不安と期待の感情が好きですね、そして愛すべきリーデンブロック教授。
さて、ウェルズですが、ヴェルヌと比べ、作品にどこか暗い影があります。 「宇宙戦争」「タイムマシン」「透明人間」「モロー博士の島」、どれも何か破滅的なものを感じるわけです。 そこはさすがに両手を挙げて賛成はしかねますが、 ヴェルヌの時代から数十年、ついに第一次大戦、第二次大戦と科学の暗黒面を目撃せざるをえなかった彼の予兆だったのかもしれません。 しかし、宇宙人、タイムマシン、人間の透明化、動物の人間化、とドラえもん級の発想で次々問題作を連発した想像力は立派です。
これらの長編の中では「宇宙戦争」(1898年)が一番いいですね。 今や火星人はいないという調査結果が公にされ、ウェルズの想像は打ち砕かれてしまった感がありますが、彼にとっては別に火星人でなくてもよかったわけです。 この作品の白眉は滅び去ったロンドンを主人公が彷徨するシーンです。 コナン・ドイルの「毒ガス帯」という作品にも同じようなシーンがあり、同じような興奮を感じさせられますが、「宇宙戦争」が先です。
「盗まれたバチルス」という短編があります。 細菌学者のもとへやってきた無政府主義者の男がロンドンの全人口を絶滅してしまうというウィルスの入った試験管を盗み出します。 大変だと学者は馬車をとばして追いかけ、男はそれより先に試験管を水道貯水池に投げこもうとします。 この追いかけっこがとてもスリリングに描かれており、結局学者は間に合わないわけです。 結末は、試験管を割ってしまった男がやけになって残りを飲みこんで「無政府主義万歳」を唱えるのですが、学者は微笑で答えます。 夫を追いかけてきた妻に、実は男が盗んだ試験管は問題のウィルスでなく、もっと滑稽な効果のある菌だったことを明かして終了です。
世界の破滅が、イギリス的なユーモアの末にプワーッと消えるお話です。 スリルと、それから逃れた安心感、その典型みたいな作品で、私のお気に入りです。 しかし、同じウィルスを扱い、世界が破滅し、第二のエデンの園として再スタートする小松左京の「復活の日」はウェルズのこれに「宇宙戦争」を加え、現代風にアレンジした作品だともいえます。
「塀にある扉」という何やらドラえもんの「どこでもドア」に似た作品があります。 もちろん、ドラえもんのような散文的な日常ドラマではなく、この話の背後には、ある人間の悲劇的な人生の顛末が漂っています。 総じて、ウェルズの作品には、ポオに通じる水晶幻想のポエットリーがあり、それが時代の人々を、そして現代の私をひきつけるのでしょう。
※冒頭の写真はタイムマシン(東京創元社)の表紙です。
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