📘 第5回 芥川龍之介について

2022/07/15芥川龍之介

 さやかが峰山のところへ新聞をもってやってきた。

さやか
「先生、芥川賞発表ってありますけど、このあいだ習った芥川龍之介と関係あるんですか?」
峰山
「もちろんです。 芥川賞は今はなき龍之介の業績をたたえて作られた日本の新人小説家のための文学賞です」
さやか
「へーえ。 わたし、小学校の頃読んだ『杜子春』って作品好きだったから、芥川賞も読んでみようかしら」
峰山
「その心がけはいいけど、あんまりおすすめできないな」
さやか
「なぜですか?」
峰山
「芥川賞は芥川龍之介の作風とは全く違う、大人向きの作品だからです。 芥川が好きなのなら、彼の別の作品を読んでごらん」
さやか
「はい」

 そこへ、芥川の研究書をかかえてアスカが現れた。

アスカ
「先生、ぼく、芥川の研究発表をするために難しい本を読んでいたら、面白いのを発見しました」
峰山
「どういうことですか?」
アスカ
「龍之介は夏目漱石を先生と呼んでるんですけど、 『夏目先生はちょっとしたことでもよくおこった』なんて書いてます。 自分のことも『書き出すとよく、かんしゃくが起こる。 ……ものを書く時は、よく家のものをどなりつけた』ってあるんです。 なんだ、ぼくと同じじゃないかと思いました」
峰山
「ははは」
さやか
「あなた、そういうところばかり見つけるのね」
アスカ
「だって、先生は自分が共感できるところが大切だって言ったよ」
さやか
「それとこれとは話が違うと思うわ」
峰山
「まあ、まあ、そんなところでけんかをしないで(笑)」
さやか
「先生は芥川をどう思ってらっしゃるんですか?」
峰山
「そうだなあ。 ひとには性格が自分に似ているがゆえに好きな作家と、 似ていないがゆえに好きな作家があると思うんです。 芥川という作家は、私にとって自分に似ているほうですね。 友人のすすめで『杜子春』をはじめ童話を何編か書いていて、 それは芥川が少年の心を失わなかったことを示しているんだと思う」
さやか
「夢の王国、ですか?」
峰山
「そう、そう。 童話じゃないけど、『仙人』っていう作品があります。
 大坂へ奉公に来た権助というものが口入れ屋へ来て 『仙人になれる所へ連れていけ』といいます。 口入れ屋が困って医者に相談すると、そこの女房が『うちへ連れてこい』というんです。 連れていくと『20年一文の給金なしで働いたら仙人になる方法を教える』と言います。 20年たち、権助が願いをいうと、 女房は松の木のてっぺんへ登って両手を放せといいます。 両手を離すと、権助は落ちることなく大空を歩いて去ったというんですね」
アスカ
「そんなばかな!」
峰山
「ははは、でも、これは童話の三つの願いとか、 イワンのバカなんかに似てると思わないかい?」
さやか
「そう言えばそう」
峰山
「私は芥川はファンタジー作家だったと思うね。 『杜子春』だって『蜘蛛の糸』だってそういう目で見ればファンタジーだよ」
さやか
「でも、芥川には『侏儒の言葉』みたいなエッセイもあるのでしょう?」
峰山
「よく知ってるね。 確かに彼の胸には少年の夢が渦まいていたけれど、 その冷静でち密な頭脳はモラリストの目で人間たちを見つめて、 そのエゴで愚かな姿を嘲笑しないではいられなかったんだ」
アスカ
「どんなふうに、ですか?」
峰山
「ちょっと引用してみようか」

 峰山はアスカから受け取った全集をパラパラめくり、『侏儒の言葉』の一節を読んだ。

地球は円(まる)いと云うことさえ、ほんとうに知っているものは少数である。
大多数は何時か教えられたように、円いと一図(いちず)に信じているのに過ぎない。
なぜ円いかと問いつめて見れば、上愚は総理大臣から下愚は腰弁に至る迄、説明の出来ないことは事実である。
世論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。
たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても。
アスカ
「難しいなあ…」
さやか
「でも、言いたいことはわかるわ」
峰山
「非常に痛烈でありながら、真実であり、全く古びていない。 特に最後のあたりなんか、今の世の中がSNSなどに振り回されている様子そのものではないかな」
さやか
「その通りね」
峰山
「現代人は新作を読みたがるけど、ゲーテはこう言っている。 『生れが同時代の人間から学ぶ必要はない。 何世紀も不変の価値、不変の名声を保ってきた過去の偉人にこそ学ぶべきだ』 その言葉にしたがえば、われわれは芥川にもっと学ぶべきだね」
アスカ
「うーん、過去の名作というのは疲れる……」
さやか
「そんなことないわ」
峰山
「それにしても、彼が若くして自らの命を絶ってしまったのは残念です。 たぶん、その偉大な批評精神が、自分自身にも向けられ、 耐えられなかったからなのでしょう。
現代もメンタリティー(精神性)が問われる時代です。 いくら凡人に無関係といっても、いや無関係だからこそ気をつけなきゃならない。 二人とも、十分に注意するんだよ」
二人
「はい、わかりました」

※冒頭の写真は芥川龍之介電子全集(全340作品) 日本文学名作電子全集(無料)の表紙です。

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