🕴 宮崎駿初監督作品を考える

2022/07/24

ルパン3世カリオストロの城  宮崎駿監督の次回作『君たちはどう生きるか』 公開まで予定ではあと1年と言われている今、 監督の原点ともいえる『ルパン3世カリオストロの城』について、 考えてみることにしました。

 この映画を断片に分けていくと、次のような感じで50数場面になります。 全体が約100分なので、1シークエンスあたり2分という計算になります。 現在の制作状況は1ヶ月で1分ずつだそうなので、 1シークエンスを2ヶ月で作るということになります (勿論以前はもっと早かったと言われていますが)。


  1. 国営カジノから現ナマを盗む。ナンバーふぞろいで50億。ゴート札。
  2. タイトルへ。カリオストロ公国(人口3500) - ニセ札界のブラックホール - へ。
  3. パンク修理中、草原を動く雲。
  4. クラリスを追う車。カーチェイス。
  5. ルパンはクラリスを助けたが、崖から落ちて気絶しているうちに、 クラリスはさらわれる。残る指輪。
  6. 太公の邸へ。火事で焼け落ちている。
  7. 湖と城、飛行艇。
  8. 夜、鉄の爪の黒頭巾たちの襲撃をうける。
  9. カリオストロ伯爵のふてぶてしさ。
  10. 不二子、城内に潜伏。五右衛門参上。銭形登場。役者がそろう。
  11. 城内のレーザー。ルパン逮捕のために来た銭形驚く。
  12. ...
  13. 抱きしめたいのをこらえるルパン、次元とともに去る。
  14. 銭形「やつはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」

 これはきわめて遅い進行です。 宮崎監督の映画は全部手書きという情報と相まって、その完全主義は群を抜いています。

 3,8,51の3シークエンスを取り上げ、その中身をもう少し掘り下げてみます。

3について(5:00-6:00)

 ルパンと次元が煙草をくわえながらドライブしていると後輪がパンクする。
2人はじゃんけんで修理するのは誰にするかを選ぶ。
次元が負け、ボンネットを開けてタイヤを取り出す。
次元がジャッキアップする間、ルパンは車の屋根に座り、空を見上げる。
とんびが空を舞い、草原をゆっくり雲が流れていく。

 何ということもない場面ですが、いくつものこだわりが見られます。 車はスポーツカーでなく小型車、天井に荷物を積み上げ、キャンプに出かける恰好。 2人は煙草を吸いつくし、灰皿の吸いさしを口にくわえている。 運転をルパンに任せ寝ていた次元は、パンクで起こされる。 流れる雲は地上に影を落としながら動いてゆく……(宮崎アニメのおはこ)。 宮崎監督は、このシークエンスに実在感が十分漂わない限りOKを出さないのでしょう。 このシーンは4の緊迫のカーチェイスと対をなしています。

8について(21:20-23:20)

 夜の人気のない通り。
黒い頭巾をかぶった男たちが屋根から屋根へと飛び移る。
次元は煙草をくわえてベッドに座り、ルパンはバーナーで何やら修理している。
戸外の気配を察知し、壁にかかったハンマーを手にドアの左右で身構える2人。
突然天窓を破って襲いかかる人影は手に短刀をもつ。
その間にドアから入ってきた数えきれない男たち。
鉄の爪を振り回して近づく男たちにルパンたちは守勢に立たされる。
ルパンは爆弾のようなものを取り出し、放り投げる。
その間に窓から飛び出した2人は屋根づたいに車まで逃げる。
黒頭巾たちはすぐ後ろから追ってくる。
窓から手を突っこむ男たちを、ルパンは車の横を建物にこすりけて振り落とす。
車の鉄枠に残った鉄の爪の破片をルパンが振るい落とす。

 こちらは長い上にアクションなので、かなり細かなシーンの変化があります。 先のシークエンスはインパクトを狙っていたのに対し、 こちらは危機一髪のサスペンスの連続となっています。 どちらにせよ、監督はむだなシークエンスを1つたりとも作りたくないのでしょう。 さすがの監督もここは甘いねと言われることを全力で防いでいるという印象です。

51について(97:30-98:00)

 ルパンが車で去った直後、銭形警部がクラリスのところへ駆けこんでくる。
銭形「くそお、一足遅かったか。ルパンめ、まんまと盗みおって」
クラリス「いいえ、あの方は何も取らなかったわ」
銭形「いや、やつはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」
クラリス「はい」

 ここは短いですが、この作品中でも最も印象的な銭形のせりふが入っています。 そのため、画面のつくり自体は至ってシンプルです。 この後、銭形がパトカーに乗ってルパンを追い、 バイクに乗った不二子がニセ札の原版をチラつかせてルパンをうらやましがらせるという いつものパターンで作品は幕を閉じます。

 宮崎監督の作品の特徴である少女のもつ癒やしの力、未来への希望、 並々ならぬ各シーンの細部に至る演出、原画の質へのこだわり、 エンターテインメントの所々にメッセージをはさんでいく造形手法、 そしてたまにあるユーモラスな場面、 そういったものは、第一作にしてすでに後年の作品群と何ら変わりません。 この作品ではいまだルパンというフンドシを借りて相撲を取っていますが、 いよいよ『ナウシカ』から名実ともにオリジナル作品の創出に乗り出していきます。

 1970年代、スピルバーグやルーカスが、いわゆるパルプ・マガジン的に 3分に1度ハラハラドキドキさせるスピーディな手法を携えて米映画界に現れましたが、 宮崎駿はほぼ同時に、 それを凌駕するほどに圧縮され緻密に構成された作品を邦画界に放っていたのだと 遅ればせに気がつきました。

※冒頭の写真はルパン3世カリオストロの城の表紙です。

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